
「石原裕次郎」「石原プロ」の代表作
「黒部の太陽」
≪通称くろよん。世紀の大事業として昭和史に語り継がれる関西電力・黒部川第4発電所(黒部ダム、富山県)の建設。最も難しい工事となったのが、資材や機械の搬入路のために掘られた大町2号トンネル(全長2604メートル)≫
その掘削を熊谷組の下請けとして請け負ったのが 現「笹島組」、当時は「笹島班」といわれていたらしい。
石原裕次郎の役のモデルとなられた方が笹島組の会長だという事だ。
道もない、垂直に切り立った山に深い谷。雪崩はあるしクマも出る。調査に行かされ「とても掘れない、ダメだ」と言ったそうだが でも「いやもくそもない、やるしかない」という事で掘削が始まったそうである。
劇場版でも大量の水を使う事で話題になっている「破砕帯」の場面
多くの尊い命を奪われながら 仕事をやり遂げて達成感とともに その時救えなかった仲間の命の十字架を今も背負って生きておられると聞いた。
マルジンが駆け出しのころの現場で
ダムの横坑に屈強の作業員がキビキビと出入りしているのを見て
会社名を尋ねたら「笹島組」だと教えられた。
その時「黒部ダム」の事は聞かなかったが 通称「トンネルの笹島」と呼ばれているということを伺った覚えがある。
背中に刺青を背負った(ひともおられた)命知らずの軍団!そこと比べたらマルジンは「へたれ」で鼻にもかけられなかったのであるが、ある時 使用されているモノレールが動かなくなった。
雨のひどい日である。しかも止まった場所が悪く ルート上部で上にも下にも降りない状況だった。
「へたれ」のモノレールでも 動かないと仕事がストップしてしまう 現場長からは「なんとかしてくれ」とのお達し!
それで 土砂降りの、しかも急斜面の足場の悪い中で マルジンマンが本機分解を試み、小分けしてモノレールを降ろし、会社に持ち帰り短時間で 清掃、破損部品の交換をやりつけ、現場に納品した。
それからだろうか・・・笹島さんの面々にえらくかわいがられ、現場での「焼肉会」とかも招待されたりしたようだ。
強面だが ほんとに気の優しい方ばかりだったと聞く。
「いやもくそもない、やるっきゃない」
多分 その時のマルジンマンもそんな相通ずる気持だっただろう。
今でも マルジンの「売り」は
「クレーム・トラブルは伺って24時間内に復旧!」
無いにこしたことはないが、もしもあったら・・・
100%に近い数字を心がけている。
その現場が復旧したときの現場長(熊谷組)の言葉が印象的だった。
「重機に比べたら たよりない機能のモノレールだろうが、だからと言って丁寧にあつかわないと結局(そのツケは)自分に還ってくる。モノレールも仲間だと思って注意して使うように」
原因はギヤ操作のミスだった。
(そういうところまで想定して製作されている機械であるならそんな破損もおきないのだが)
雨があがると・・・
太陽がまぶしかった。