マルジンマン日記
マルジンマンのマルジンマンによるマルジンマンのための日記。 立会うぜ密林を!施工するぜ絶壁を!! 道なき道をレールでつなぎ、心と心を気合でつなぐ、 そんなマルジンマンの日常をお楽しみ下さい♪

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「一隅を照らす」


先週のテレビ「夢の扉」という番組で
ミャンマーで お金の無い人には無償で治療を続ける
日本人医師とその仲間を取り上げていた。
ミャンマーは日本のように保険制度が整っているわけでなく
実費治療であるため治療さえ施せば助かる命が
失われているそうである。

「無償で…」
では生活や収入面は?何かNPO団体なのか?
一応財団をたてて 
日本からの寄付の窓口にはしているようだが
それらのほとんどを医療器具の買い替えなどにあて
自分達は無給で医療に携わっている。
吉岡医師は家族が無いのかと言うと そうではなく
日本に幼子を抱えて 同じ小児科医で働く奥様がいらっしゃる。
無給の夫の代わりに家計を支えているのが奥様だとのこと。

彼の思いとしては
「誰をもっとも幸せにしなくてはいけないか?と、問えば
もちろん一番は自分を大切にすることだが、やはり家族かなと
思う。そして私の周りに集う若い人たちで、その向こうに現地
の人々が浮かんできた。
自分を大切に出来ない人が他人を幸せに出来ない道理は、人
は他人を自己の延長線で自覚するからだと思う。自分が怪我を
すれば他人の怪我の痛みが分るということだ。
自分との重なりがあればあるほどに、大切にしたくなる。
ここが肝要なところだと思う。
現地の人々を本気で幸せにしたければ、自己の一部と少しでも
重なり合わすより他に方法がない。それが出来ていないにもか
かわらず、現地の人々のためにという人が多いが、それは欺瞞
だと思う。頭(理性)ではそう思っても、心がついていかない。
現地と人たちの人生と自己の人生を重ね合わせねばならない。
それにはどうしても時間が必要だ。
遠くにいて机上では無理な話だ。
ものには順番があって、まず家族を幸せにする。友人を大切に
する。仲間を大切に思う。そして、その向こうにある人々のた
めに頑張る。
仲間や家族をないがしろにして、自己は幸せにならない。幸せ
でない人間は人を幸せに出来ない。たとえ出来たとしても一時
のことだ。
いつも自己点検がいる。
自分は周りを幸せに出来ているのだろうか?
驕りはないだろうか?」

彼の見たい「夢」は
 「アジアの極東にかつて経済的に豊かな国があった。その国は今はその深き文化と心で世界を救う国になった。」
そういう国に日本がなって欲しいと行動していると言う。
座右の銘ともいえる言葉が「一隅を照らす」だという。

これは最澄の言葉であると伝えられ
「これすなわち国の宝」といって、「社会の片隅でもよい、必要とされる人物となれ」「縁の下の力持ちになれ」という意味だと聞く。

世界には20円あればワクチンが飲め助かる命があると言う。
飲みさしで捨てるジュースの1本でも それだけの価値がある国も存在しているという事だ。
架空計上している事務所費…
プールしている裏金…
それでどれほどのひとが救えるのだろうか?
他人の事だけでない。
「こんなに安い金額ではあわない!利益が無い」と言っている仕事ですら 月200円の稼ぎの国から比べれば雲の上の数字なのだ。

では自分に私財を投げ打って「一隅を照らす」事ができるかというととても難しい。
しかし、目の前の価値観をその国に照らし合わせて、思う事はできる。
今自分の手のひらの幸せが どれほどありがたい事かと…。

そこから それぞれの「夢の扉」は開いていくのではないだろうか?
一隅の光が束となって 世界を救う国に…。
本当になれるといいなあ…。










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